#25 メンタル修行の身
インドに入って2週間が経過した。
デリー → アーグラ → バラナシ → コルカタ
この2週間で生きた心地がしたのは3時間ぐらい。
デリーからアーグラ間は体調を崩してゾンビみたいな顔をしてタージマハルに行った。
そしてバラナシではガンジス川で沐浴をした。ガンジス川のお陰かは不明だが体調が万全になった。
バラナシ2日目の朝10時、カード会社から利用通知のメールが届き確認すると約5万円の引き落としが…
"やられた"
カード会社に電話すると 不正利用の疑いがある。調査して保証を受けるのであればカードを停止して再発行するしかない と。
このカードはメインの口座だ。今まで現地の通貨は全てこのカードで引き出して来た。
停止するには勇気が必要だったがもしスキミングとなると全額さらわれる!カードはもう2枚あるしな!これからヨーロッパ、アメリカはカード社会だからクレカで決済できるはず!
など色々な憶測が頭の中で飛び交い、自問自答を繰り返し頭が狂いそうだった。
結局俺はカードを止めた。日本に帰って再発行の手続きをしようかとも考えたがそれはただの逃げではないか?と思った。
確かにカードは死んだが予備のカードはまだあるし決して全てが終わった訳ではない。
旅を続ける事にした。
バラナシでは火葬場、カルカタではカーリーテンプルでの羊の首切りを訪問し、"死" とゆうものに向き合ってきた。
バラナシの火葬場周辺では迷路のような街の中で遺体が運ばれてくる。
ガンジス川の河口周辺は大量の薪があり、これは遺体を焼く為の物だった。
いくつもの焼き場があり、亡くなった人が焼かれている光景を目にして言葉が出なかった。
カルカタにあるカーリーテンプルでは羊の首切りがおこなわれる。
執行台が2つ設置された黒い建物に羊が2匹運ばれてきた。入念に体を現れ、太鼓が鳴らされた。これは始まりの合図だった。
執行人が台周辺にある線香を取り除き、斧を水で清める。そして羊の手と足が縛られる。
羊本人の行く末を知っているのだろうかバタバタと動き叫んでいる。
そして執行台にセットされ、斧を振り上げ血と共に胴体と首が真っ二つになった。
胴体はまだバタバタと動いている。直視できなかったが我々はこうして捌かれた動物を口にして生きている事実は直視しなければならない。
人間が生きるとはなんなのか?と考える北インドでの数日間だった。
そして今自由に好きな事が出来ているこの状態での困難などクソみたいな物だと感じた。
日本にいる間 水を飲む 事に対して深く考えた事は無かったがインドの列車に乗った時なかなか水が手に入らず苦労してやっとの思いで水を飲んだ時は本当に嬉しかった。
日本は"便利が当たり前"な社会が故に小さな幸せを感じにくいのではないだろうか?
インドには自販機なんか無いしコンビニもない。駅で切符を買うにも2時間かかる。列車は遅延が当たり前。デコボコでも最終的には目的地に着くのに感動する。
インドに来て完璧ではない事に寛容になった気がする。
人生で1回は来てみたかったインドも残り1週間。舞台を南に移す!
アディオス!